前置き
17日の検診で、19日に陣痛来なかったら、「誘発剤使ってだし、帝王切開もあり得ますよ。勿論ここ(助産院)でのお産は無理ね。」と、言われ、帰宅して山道を2時間登り降りして就寝。
No.1: 3回目にして。
18日はあれ?と思うことがあり、その度に助産院へ。「まあ、自宅で様子見てね。」と言われその度に帰宅。「笑ったり出来る余裕があるうちはまだまだ。」と助産婦さんの言葉は本当だった。
2回目は、横になっていたら、ぱ〜んと身体から音がしてちょろちょろ〜と小川のせせらぎ?あ〜破水した〜とまた助産院へ。それでも「まだね。」と言われ、帰宅する車の振動がよかったらしい。
帰宅した時は既に5分おきの激しい痛み。すぐ助産婦さん電話して、「え〜本当?!あと6時間そのままで。」と言われたけど、2時間後には3分おきだし、もう「産まれる〜。」と思ったので,また電話。いよいよ「来て!」と言われて、やっと伺う。
No.2: くじけそう
逆子で、小さめでと言われ、自然分娩を何度も危ういと言われ、その度になんとか「自然分娩で」とこだわってきた。でもあまりの痛さに「無痛分娩にすればよかった。」と思いながらうなる。
「いい陣痛(痛みが起きて、しばらくなくなって、また、痛みがきてというメリハリある陣痛のことを言うらしい)よ。」と言われたけど、「そんなの関係ねえ〜」嫌いだけど、あいつの言葉が適切ね。
出来るだけ夫と二人で作業したいと思っていたけど、痛い腰を擦る夫の手は緩く、助産婦さんのがしがしくらいやって欲しい上に、「ねむ〜。珈琲買ってこようかな?」って、アンタ〜。
No.3: いつもの
私は、「水中出産」でお産します。自分で取り上げれるスタイルだからこの体位を希望。動物のはしくれとして少しでも自分でやりたいと思って。
日が迫ってくると、夫は、「自宅のお風呂にすれば良かった〜。」と後悔してたけど、まあ、しょうがない。
せめて?ではないけど、いつも口にしている自然塩をお風呂に入れる。お腹の子も羊水からなんとなく知ってる感じで出て来たらびっくりしないかな?
殺菌作用にもなっていいらしい。
No.4: いよいよ水中出産
今回のお産で私は「水中出産」を希望した。根性なしなので、お湯の中だと痛みが和らぐと聴いたし、後で知ったのだけど、ロシアのほうでは、英才教育の一環で水中出産があるとか。(残念ながら私の血が混ざっているので、うちの子はあまり効果なしかな?)
本当は陣痛がはじまったら、お風呂に入ったり出たりして陣痛を早めたり、和らげたい出来るのだけど、先に破水してしまったので、感染症を避けるため、ギリギリまでお風呂に入れなかった。
頭が見え始めたので、お風呂に入り、後は力も入れず自然に出て来るのを待つだけと言われ…。お風呂に入ったとたん、今までの痛みが一瞬にして消えたので、「嘘?」と感じた15分くらい静止。
しばらくすると、急に痛くなって、つい力入って、「駄目〜力入れるとおしも切れちゃうから、息吐いて!」と助産婦さんに言われ、息を吐いて吐いて、吐いて…。
頭が出て来た!「うわ〜髪の毛いっぱいなの私と一緒。」とちょっと思える余裕が出てきた。
No.5: なんとか出産!
頭が見えてきてから、仰向けになり胴まで出て来たら自分で引き出した。(そのシーンは世にだせないシーンがいろいろ写っているので、掲載出来ません。ごめんなさい。)
娘は下向きに出て来て、少しお風呂にプカプカ。「息出来るの?」と心配している人いらっしゃるかも知れませんが、臍のうから酸素は行っているので、少しの間は平気です。
抱き上げると「ウフャヒャ〜」と軽く泣いた。もっと、力強く泣くと思っていたので、拍子抜け。風呂場から出てお布団へ移動中、一杯空気に触れて顔をくしゃくしゃにして泣く。
破水してから、8時間後になんとか出産!
No.6: きびだんごではないけれど
陣痛きたら、「ご飯炊いてお結びを用意して」と出産経験のある生徒さんから聴いていた。場合によっては長丁場になるとお腹が空いて、体力なくなるのがいけないらしい。
子供の頃は、朝、母が焼くバターロールの香りで目覚めていた。毎日食べても飽きなかった母の手作りパン。
私が大学くらいから作らなくなって、ずっと作るのを辞めていたのに、私が家庭を持って、母を見習い自分で作ったパンで朝食にし始めたら母もパン作りを再開した。(負けず嫌いなんで。)
母は、これ以外のパンは作らないので、バターロールに関しては,今や買って食べる価値があるくらいの美味しさ。上手です。
私も食べそめた味なのか、愛情かつわりがおさまりつつあってもなかなか固形のものが食べられずいても、この母のバターロールだけは食べれた。
お産も母の助けを借りて、お結びでなく、バターロールを持っていこ。
No.7: 初授乳
赤ちゃんは3日分のおべんとうと持って、この世に誕生すると言われているそうです。うちの子は、8日も遅れたのでもっと抱えて出て来たと思う。
母乳って、すぐにでるものでなくて、しばらくかかるらしいのだけど、出始める突破口となるのは赤ちゃんに吸ってもらうことだそう。
出産して2時間くらいはそのままと言われたので、裸で寝たまま母のパンを朝食(8時)にして、娘にも初授乳。全然出ないけど、この身とふたつになったけど、いつも一緒ねと契りのおっぱい。
No.8: 先輩に習い
今回のお産でやりたかったことのひとつは、胎盤を食べる事。
動物のお母さんも赤ちゃんについた胎盤を舐めているので、犬や猫の先輩お母さんに習い、私もどんなもんか食べたいと思った。
もちろん、勝手なお願いなので、入院グッズにまな板、包丁、醤油なども用意。(何しに行くや〜。)生とグリルの2種を助産婦さんに用意してもらう。
実は、自分のとはいえ、少々ドキドキ。
まず、生から、一切れ。パクっ。「あま〜い。」美味しいではないですか!馬刺しやね。思わずおかわりを要求。
グリルの方は、まさに焼き肉のレバー。う〜ん。醤油でなくて焼き肉のタレも持参すべきと後悔。
最初夫は、いらない!と言っていたのに、私が美味しい!というので、一切れずつ食べていた。私はあまり夫の趣味し好につき合わないのだけど、夫は、結構つき合ってくれるので、有り難い。
記録で時々写真を撮ってくれた夫。胎盤を取り出し、捌いている写真をみると、かなりグロテスクで、これを見た後に食べた夫ってすごいなあと関心した。(ここでは、食べる前のものを掲載します。)
「胎盤」について
日記 2007年8月4日 (土) 「今までの私の歩みが」
No.9: 私に?
娘は遅くに生まれてきたので、頭が大きくなり過ぎておしもが裂けてしまい、ひりひり。助産院は医療行為が出来ないので、縫わずにホッチキス(医療用です。)でとめてもらう。
陣痛の時に「声出していいのよ。」と言われたけど、「う〜ん」と力入った時にかすかにでる声くらいだったけど、ホッチキスでとめる時は、「痛〜!!!」と何度もかなり大きな声で叫んでいた。その激しい声に夫ひとり「はいはい」としらけていた。
全ての処置が終わって,安静にしている時、夫が小さな箱を取り出した。「よくがんばったね。」と手渡してくれた。中には、ネックレスが入っていて、Uの形の中に指輪。指輪の石は11月娘の誕生石トパーズ。
プレゼントと言えば、「手ぬぐい」(私がてぬぐいコレクターだから)しかくれたことがなかった夫から初めてロマンティックなプレゼント。感動!つけれる日が来るのが楽しみ〜。